安田祐香、静かに強く――「自分の時間」でつかんだ完全優勝と、これからの飛躍
女子ゴルフの世界には、華やかな選手が多い。
勝てば大きなガッツポーズを見せ、海外挑戦を宣言し、「世界一になりたい」と夢を語る。
もちろん、それも素晴らしい。
しかし、安田祐香という選手を見ていると、少し違う魅力を感じる。
静かなのである。
野心がないようにも見える。
周囲が先に結果を出しても、焦っているようには見えない。
しかし、その静かな表情の奥には、実はかなり強い負けん気がある。
2026年8月16日。
NEC軽井沢72ゴルフトーナメントで、安田祐香選手が通算23アンダー、2位に7打差をつける圧勝でツアー3勝目を挙げた。
しかも、初日から一度も首位を譲らない完全優勝。
3日間で奪ったバーディーは26個。アニカ・ソレンスタムが持っていた3日間大会の最多バーディー優勝記録24を更新した。通算23アンダーも大会新記録である。
これは単なる3勝目ではない。
私は今回の優勝を見ながら、
「安田祐香という選手は、こういう選手だったのか」
と、改めて感じた。
アマチュア時代は、むしろ先頭を走っていた
安田祐香選手は2000年生まれ。
古江彩佳、西村優菜、吉田優利らと同世代である。
今では「黄金世代」の次の世代として、日本女子ゴルフを支える選手たちだ。
ところがプロになってから、安田選手は少し違う道を歩くことになる。
古江彩佳選手は国内で勝利を重ねて米国へ渡り、ついにはメジャーチャンピオンになった。
西村優菜選手、吉田優利選手も国内で複数回優勝し、米国へ挑戦した。
同世代が次々と世界へ向かっていく。
一方、安田選手の初優勝は2024年。
プロ5年目だった。
私自身、安田選手を見ながら、
「少し出遅れてしまったかな」
と思っていた。
そして、もう一つ感じていたことがある。
安田選手には、それほど欲がないのだろうか。
しかし、過去の発言を追っていくと、その印象は少し違っていたことに気づく。
「優勝する人との差は何やろ?」
初優勝後のインタビューで、安田選手は興味深いことを話している。
予選落ちが続いた時期、
「優勝する人との差は何やろ?」
と考えていたという。
この言葉が、私はとても安田選手らしいと思う。
「なぜ私は勝てないのか」
でもない。
「古江選手に追いつかなければ」
でもない。
「早くアメリカへ行きたい」
でもない。
優勝する人と自分との間に何があるのだろう。
それを冷静に考えている。
そこには当然、悔しさがあったはずだ。
しかし、他人を追いかけるのではなく、自分に足りないものを一つずつ探していった。
安田祐香という選手の「個性」は、ここにあるような気がする。
「出遅れ」は本人が一番分かっていたのかもしれない
同世代の選手が勝っていけば、比較される。
さらに米国へ渡れば、
「安田はどうするのか」
と言われる。
本人にとっても楽ではなかっただろう。
それでも初優勝した時のスピーチでは、
「プロになって良い成績はなかなか残せなかったですが、ずっと応援して頂きありがとうございます」
と語っている。
大きなことは言わない。
初優勝を果たしたからといって、「次は海外」と威勢のいいことを言うわけでもない。
一歩ずつである。
だから私は今では、
安田祐香は出遅れたのではなく、人より時間をかけて自分のゴルフを作ってきたのではないか
と思うようになった。
そして迎えた「異次元」の3勝目
今回のNEC軽井沢72は、その積み重ねが一気に表に出た大会だった。
初日61。
11アンダー。
2日目は64。
普通なら初日に61を出せば、翌日はどうしても守りたくなる。
ところが安田選手は攻め続けた。
36ホール125は、パー72で行われたJLPGAツアーの最少ストローク記録。そして最終的に3日間で26バーディーを奪い、あのアニカ・ソレンスタムの記録を上回った。
そして最終日。
68で回り、23アンダー。
2位に7打差。
完全優勝だった。
さらに今回は、安田選手が所属するNECの大会である。
いわゆるホステスプロとして迎えた大会で、期待を一身に背負いながらの優勝でもあった。
これだけでも十分すごい。
ところが、今回の優勝を象徴するエピソードがある。
リーダーボードを見なかった安田祐香
最終日、安田選手はラウンド中に一度もリーダーボードを見なかったという。
そして最後の20センチほどのウイニングパットを沈め、キャディーを務めた姉の美祐さんが抱きついてきた。
そこでようやく優勝を実感したという。
これほど安田祐香らしい話もない。
「あと何打差だ」
「誰が追ってきている」
「このままなら優勝できる」
そんなことを考えるのではなく、
目の前の一打を打つ。
その繰り返し。
考えてみれば、これまでのプロ生活そのものではないだろうか。
同世代が何勝した。
誰がアメリカへ行った。
誰が世界ランキング何位になった。
そうした「他人のスコアボード」を見ていたら、焦ったかもしれない。
しかし安田選手は、自分のゴルフを続けてきた。
そして気がつけば、26個ものバーディーを奪い、ソレンスタムの記録まで抜いていた。
何とも安田祐香らしい完全優勝だと思う。
「欲がない」のではなく、「欲の形が違う」
私は以前、安田選手を見ながら、
「もう少し欲を出してもいいのではないか」
と思ったことがある。
古江彩佳、西村優菜、吉田優利らが米国へ挑戦している。
安田選手にも、その力はあるのではないか。
そう思っていた。
しかし今回の優勝を見て、考え方が少し変わった。
欲がないのではない。
安田選手は、自分の欲を大きな言葉にしない選手なのだろう。
「世界一になりたい」と言う代わりに、
「優勝する人との差は何やろ?」
と考える。
そして、その差を一つずつ埋めていく。
派手ではない。
だが、これはかなり強い。
25歳。むしろ、これからではないか
安田祐香はまだ25歳。
プロ入り当初に期待されたスピードとは違ったかもしれない。
だが、プロ5年目で初優勝を果たし、そこから勝利を重ね、今回が3勝目。
しかも3勝目が、ただの優勝ではない。
完全優勝である。
23アンダーである。
7打差である。
26バーディーである。
そして、その26という数字の向こう側にいたのが、女子ゴルフ史に残るアニカ・ソレンスタムだった。
何かが変わり始めているように感じる。
安田祐香は、安田祐香の道を行けばいい
これから米国へ挑戦するのか。
国内を主戦場にするのか。
あるいは日本でさらに勝利を積み重ねてから世界へ向かうのか。
それは本人が決めることだ。
古江彩佳と同じ道を歩く必要もない。
西村優菜や吉田優利と同じタイミングである必要もない。
今回の完全優勝を見ていると、むしろ私は、
安田祐香には安田祐香の時間がある。
それでいいのではないかと思う。
周囲を見て焦るのではなく、自分に必要なものを考え、一つずつ積み上げる。
そして、準備ができた時に一気に強くなる。
それが安田祐香というゴルファーなのかもしれない。
今回の完全優勝は、ゴールではない。
むしろ、
「安田祐香の本当のゴルフ人生は、ここから始まるのではないか」
そんな期待を抱かせる3勝目だった。
静かでいい。
派手な宣言などしなくてもいい。
これからも安田祐香らしく、自分の時間で歩いてほしい。
そしていつの日か世界の舞台で優勝争いをしている安田選手を見ながら、
「あの軽井沢の完全優勝が飛躍の始まりだった」
と振り返る日が来ることを期待したい。
安田祐香選手、完全優勝おめでとうございます。
そして――
ここからの安田祐香を、もっと見てみたい。
