【サグラダ・ファミリアを支えた日本人】外尾悦郎とは?ガウディの意思を受け継ぐ主任彫刻家の半生と現在
2026年、スペイン・バルセロナの世界的建築物「サグラダ・ファミリア」が大きな節目を迎えました。1882年の着工から140年以上の歳月を経て、中央の「イエス・キリストの塔」が完成し、ガウディが描いた壮大なシルエットが現実のものとなりました。
この歴史的な建築物の完成を語る上で、私たち日本人がぜひ知っておきたい人物がいます。
それが、日本人彫刻家 外尾悦郎(そとお えつろう) さんです。
約半世紀にわたりサグラダ・ファミリアの建設に携わり、今ではガウディの精神を最も深く理解する人物の一人として世界中から尊敬されています。
福岡から世界へ
外尾悦郎さんは1953年、福岡県に生まれました。
幼い頃からものづくりが好きで、美術の道へ進み、京都市立芸術大学で彫刻を学びます。当初から「サグラダ・ファミリアで働こう」と考えていたわけではなく、一人の彫刻家として世界を見たいという思いからヨーロッパへ渡りました。
1978年、25歳の時にスペイン・バルセロナを訪れます。
そこで目の当たりにしたサグラダ・ファミリアに心を奪われ、「ここで働きたい」と決意します。
しかし、外国人である日本人が簡単に採用される時代ではありませんでした。
石工として試験を受け、職人としての技術を認められ、正式に建設チームへ加わることになります。
ガウディの思想を学び続けた日々
外尾さんは、単に石を彫る職人ではありませんでした。
ガウディが建築に込めた思想を理解しようと努力を重ねます。
ガウディは「自然こそ最高の教師」と考え、木や花、昆虫、動物など自然界の形を建築へ取り入れました。
外尾さんもまた、植物や生き物を観察し続け、「なぜガウディはこの形を選んだのか」を学び続けました。
その姿勢は周囲から高く評価され、重要な彫刻を次々と任されるようになります。
現在では、生誕のファサードや天使像、扉など数百点に及ぶ作品の制作に携わり、サグラダ・ファミリアを代表する主任彫刻家として知られています。
建築を通して信仰に出会う
外尾さんには有名なエピソードがあります。
もともとキリスト教徒ではありませんでしたが、ガウディの思想を理解しようと建築に向き合ううちに、その信仰に深く共感するようになりました。
そして後にカトリックの洗礼を受けます。
「建物を理解するには、その建物を生み出した人の心を理解しなければならない。」
そうした姿勢は、単なる職人ではなく、芸術家として、そして一人の人間として多くの人々の心を動かしています。
半世紀を超える歩み
1978年から約50年。
石工として始まった一人の日本人青年は、世界中の建築家や芸術家から尊敬される存在となりました。
2026年、サグラダ・ファミリアは大きな完成の節目を迎えましたが、細かな彫刻や栄光のファサードなど、まだ仕上げの工程は続いています。
外尾さんも現在なお制作や後進の育成に携わり、講演活動や執筆を通じてガウディの思想を世界へ伝え続けています。
これからも、その豊かな経験と感性を若い世代へ受け継ぎ、多くの芸術家や建築家に影響を与えていくことでしょう。
世界遺産を支えた日本人として
サグラダ・ファミリアと聞くと、多くの人はアントニ・ガウディの名前を思い浮かべます。
しかし、その夢を現代へつなぎ、完成へ近づけた人々の中には、一人の日本人がいました。
世界中から集まった職人たちとともに、日本人の彫刻家が半世紀にわたりその歴史を支えてきたことは、私たちにとって誇らしい事実ではないでしょうか。
そして外尾悦郎さんだけではありません。
建築家や石工、技術者、さらには日本が世界に誇る宮大工に代表される「細部まで妥協しないものづくり」の精神は、世界の建築文化の中でも高く評価されています。直接・間接を問わず、日本人の技術や美意識がサグラダ・ファミリアという世界的建築物に息づいていることは、日本人として大きな誇りです。
ガウディが残した「建築は自然から学ぶ」という思想と、日本人が古くから受け継いできた職人の精神。その二つが海を越えて響き合い、世界遺産の完成へとつながったことを思うと、私たちは改めて日本のものづくりの価値を見つめ直すことができるのではないでしょうか。
