マレーシアと聞いて、多くの方が思い浮かべるのはクアラルンプールの高層ビル群かもしれません。しかし、私が数十年前に駐在し、今もなお心の故郷として忘れることができない場所があります。それが、ボルネオ島に位置するマレーシア最大の州、サラワク州です。
州都の**クチン(Kuching)**は、マレー語で「猫」を意味する街。その名の通り、街の至る所に猫のオブジェがあり、人々は猫のようにゆったりと、そして穏やかに暮らしています。今回は、この不思議で温かい「知られざる楽園」の魅力をご紹介します。
1. 「白人王」が築いた、異国情緒あふれる歴史
サラワクの歴史は、他の東南アジアの地域とは一線を画しています。かつてイギリス人のジェームズ・ブルックが「白人王(White Rajah)」としてこの地を統治した時代がありました。
そのため、街の中心を流れるサラワク川のほとりには、英国風の美しい洋館や砦が今も残り、アジアの熱気の中にどこか優雅なヨーロッパの香りが漂っています。夕暮れ時、川面に沈む夕陽を眺めながら木造の渡し舟(サンパン)が行き交う光景は、数十年経った今も変わることのない、クチンの象徴的な美しさです。
2. 多民族の調和が生んだ「美食の宝庫」
サラワク州の最大の魅力は、その「多様性」にあります。マレー系、中国系、そしてイバン族やビダユ族といった先住民族。これほど多くの民族が、互いの文化を尊重し合いながら共生している場所は他にありません。
この多様性が最も色濃く現れるのが食文化です。
- サラワク・ラクサ: 故アンソニー・ボーディンが「神の朝食」と絶賛した一品。海老の出汁とスパイス、ココナッツミルクが絶妙に絡み合うスープは、一度食べたら忘れられない中毒性があります。
- コロ・ミー: ラードと揚げ玉ねぎの香ばしさがたまらない、クチンのソウルフード。
- マニ・チャイ: サラワク特有の野菜。シャキシャキとした食感は、日本人の口にも驚くほど合います。
オープンエアのホーカー(屋台)で、冷たいタイガービールを片手に地元の友人と語り合った夜は、駐在生活の何よりの宝物です。
3. 太古の自然と「オランウータン」の森
街から少し車を走らせれば、そこには手つかずのジャングルが広がっています。 「セメンゴ・ワイルドライフ・センター」では、野生に近い状態で保護されているオランウータンに出会えます。彼らが木々の間を静かに移動する姿を目にすると、人間もまた自然の一部であることを思い出させてくれます。
また、世界最大の花「ラフレシア」や、複雑な生態系を持つバコ国立公園など、サラワクはまさに**「生命の神秘」が息づく場所**なのです。
結びに:変わりゆくもの、変わらないもの
数十年という月日が流れ、クチンにも近代的なショッピングモールや洗練されたカフェが増えました。しかし、そこに流れる「スローで温かい空気」だけは、今も昔も変わりません。
「クチンに行ったら、必ずまた戻ってくることになる」
これは地元でよく言われる言葉ですが、元駐在員の私もその魔法にかかった一人です。効率やスピードが重視される現代だからこそ、サラワク州の「豊かさ」は、訪れる人の心に深く響くはずです。
もし、まだ見ぬアジアの奥深さに触れたいのであれば、ぜひボルネオの風を感じに、サラワクへ足を運んでみてください。そこには、ガイドブックには書ききれないほどの感動が待っています。