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はじめに:テレビ界の第一線から、ハワイのスタートアップ経営者へ
2000年代のテレビ朝日を代表する人気アナウンサーの一人、大木優紀さん。親しみやすい笑顔と抜群のアナウンススキルで、お茶の間の人気を博した彼女がいま、大きな転換期を迎えています。
2021年末に18年半務めたテレビ朝日を退社し、スタートアップ企業「令和トラベル」へ。そして2025年10月には、家族を連れてハワイへ移住し、現地法人**「ALOHA7, Inc.」のCEO**に就任しました。
「元女子アナ」という華やかな肩書きを脱ぎ捨て、なぜ彼女はあえて厳しいビジネスの世界、しかも海外での経営を選んだのでしょうか?彼女のこれまでの歩みと、現在進行形の挑戦に迫ります。
1. アナウンサー時代の伝説:『くりぃむナントカ』で開花した圧倒的なバラエティ能力
慶應義塾大学経済学部を卒業後、2003年にテレビ朝日に入社した大木さん。彼女のキャリアを語る上で欠かせないのが、バラエティ番組での活躍です。
特に伝説的バラエティ番組**『くりぃむナントカ』**では、くりぃむしちゅーの二人から容赦ないツッコミを受けながらも、それを華麗にさばく、あるいは自ら笑いに変えていく姿が多くの視聴者を魅了しました。
- 「まずまずです」事件:番組内でのやり取りで、くりぃむしちゅーの笑いを「まずまずです」と評価して上田晋也さんから猛ツッコミを受けるなど、彼女の持つ独特の間と度胸は、当時の女子アナ界でも唯一無二の存在感を放っていました。
- 幅広い対応力:一方で、報道番組『スーパーJチャンネル』のメインキャスターや、スポーツ番組『GET SPORTS』の進行も務めるなど、どんな現場でも「伝えるプロ」として完璧な仕事をこなす実力派でした。
2. 決断の背景:40歳で見つめ直した「自分にしか生み出せない価値」
18年半という安定したキャリアを捨てて、なぜスタートアップの世界へ飛び込んだのか。その背景には、大木さん自身の「学び直し(リスキリング)」への強い意欲と、冷静な自己分析がありました。
彼女を後押ししたのは、意外にも**「長年の資産運用経験」**だったと言います。30代から独学で投資を続けていた大木さんは、「お金にも働いてもらう」という経済的な土台があったからこそ、「年収が下がっても、本当にワクワクする挑戦ができる」と確信したそうです。
「明日、食べるのに心配な状況では挑戦もできません。自分の資産を運用するという経験が早めにできて良かった」
この言葉は、キャリアに悩む多くの現代女性にとって、非常に現実的で力強いメッセージとなっています。
3. 「一家の大黒柱」として。家族の理解とハワイ移住
大木さんの移住劇で最も印象的なのは、彼女が**「一家の大黒柱」**として家族をリードしている点です。
2025年10月、ハワイ現地法人のCEO就任に伴い、夫と2人のお子さん(長女・長男)を連れてハワイへ。変化を好まないタイプだというご主人も、大木さんの熱意を汲み取り、現在はハワイで家事や育児のメインを担う「主夫」に近い形で彼女を支えています。
移住当初は、新居の審査に通らなかったり、ビジネス英語の壁にぶつかったりと、決して「優雅なハワイライフ」だけではありませんでした。しかし、そうした苦労さえもオープンに発信する姿は、同じように子育てと仕事の両立に悩む世代から大きな共感を呼んでいます。
4. 2026年、今後の活躍が期待される理由
現在、大木さんは「ALOHA7, Inc.」のトップとして、日本からハワイへの旅行を再定義しようとしています。
- ハワイ旅行のDX化:旧来のパッケージツアーではない、スマホ一つで完結する新しい旅の形を提案。
- 現地のリアルを発信:円安や物価高という逆風の中でも、「今、ハワイに行く価値」を自身の生活者としての視点から発信。
- 新たなキャリアモデルの提示:アナウンサーという専門職から経営者へ、そして40代からの海外挑戦という「人生の第2章」を体現。
2026年に入り、海外旅行需要が本格的に回復する中で、大木さんの「伝える力」と「経営判断力」が組み合わさった時、日本の旅行業界に新しい風が吹くことは間違いありません。
まとめ:大木優紀から目が離せない
「元アナウンサー」という枠を軽々と飛び越え、ハワイの空の下でCEOとして奮闘する大木優紀さん。
彼女の挑戦は、単なる転職物語ではありません。家族の形を柔軟に変え、学びを止めず、自分の人生のハンドルを握り続ける一つのロールモデルです。2026年、彼女がプロデュースする「新しい旅」がどんな景色を私たちに見せてくれるのか、今後もその活躍から目が離せません。