加山雄三さんの病気の真相は?嫁とは卒婚?

「若大将」こと歌手で俳優の加山雄三さん。かつてリゾートホテルやスキー場の経営に失敗して借金をたくさん抱えてしまったこともあるようですが、本業の芸能活動は順風満帆だったようです。
今回は、そんな加山雄三さんと長年苦楽を共にしてこられた奥様との馴れ初めから、2014年に報道された「卒婚」の真相や私生活のことについて調べてみました。加山雄三さんは、本名を「池端直亮」と言い、1937年4月11日生まれ、神奈川県横浜市の出身です。1960年に東宝に入社されています。その年に「男対男」で映画デビューを果たしました。翌1961年には「夜の太陽」で歌手デビューを果たしています。日本の音楽シーンにおいてフォークソングやニューミュージックを引っ張てきた人物でシンガーソングライターの草分け的存在です。また、日本で初めて多重録音を手掛けた歌手としても有名です。弾厚作の名義で作曲家としても活動しています。加山雄三さんが作曲した曲として日本テレビ「24時間テレビ愛は地球を救う」のテーマソング「サライ」が有名でしょう。他にも1965年の映画「エレキの若大将」の主題歌「君といつまでも」は350万枚の大ヒットを記録しています。

加山雄三さんは、1970年に女優の松本めぐみさんと結婚されています。「若大将」こと歌手で俳優の加山雄三さんには4人のお子様がいます。息子で俳優として活動している山下徹大さんには、様々なうわさがあります。

日本の音楽シーンそして映画を語るうえで必要不可欠な人物です。

そんな加山雄三さんは、女優の松本めぐみさんと1970年9月4日に結婚しました。奥様の松本めぐみさんは、この結婚を機に芸能界を引退されています。お二人は1965年の映画「エレキの若大将」の共演で知り合い、それまで女性は船酔いをしてしまうという理由から自身の船に女性を乗せなかった加山雄三さんが初めて船に乗せた女性が松本めぐみさんだったそうです。船酔いするどころか悠々と編み物をする松本めぐみさんを見て加山雄三さんは一目惚れしたそうです。どのような交際だったかは不明です。1970年「パシフィックホテル茅ヶ崎」の経営に失敗し、巨額の負債を抱えて倒産するという噂が出て、いよいよ倒産が発表されるという時にマスコミから逃れるために、一時的にアメリカに避難しました。この時ロサンゼルスで松本めぐみさんと落ち合いささやかな結婚式を挙げたそうです。加山雄三さん33歳、松本めぐみさん23歳でした。その後約1が月半後に、新妻である松本めぐみさんを伴って帰国し、赤坂プリンスホテルで経営していたホテルの倒産について、記者会見を開きました。騒ぎの最中に渡米し、無責任だとヤジが飛ぶだけで、結婚を祝福する言葉は誰一人かけてくれなかったそうです。ホテル倒産時には1個の卵を夫婦二人で分け合って卵かけごはんを食べるなどの苦労をお二人でしたそうです。当時を振り返り、加山雄三さんは「カミさんがいなかったら今の俺はないですよ。俺みたいなどうしようもない人間をよくぞ操縦してくれたと、理屈とか技じゃなく、彼女は本心で動いているから、真実ほど強いものはない。」と語っています。松本めぐみさんは、加山雄三さんのお母様と非常に重なる部分があるのだそうです。松本めぐみは、早くにお父さんを亡くして、15歳から芸能界に入って家族を支えてきました。加山雄三さんのお母様も父親と生き別れて女優として家庭を養ってきました。そういった一家になくてはならない存在であったという点が共通していると言います。そして何より嬉しいことは、4人も子供を産んでくれて、その子がみんな本当にいい子に育ったということが誇りだと語っておられます。4人流産してしまったそうですので、本当は8人のお子さんを授かったのだと言います。とにかく奥様松本めぐみさんへの感謝の言葉を加山雄三さんは常に忘れません。加山雄三さんが巨額の借金を完済できたのも奥様松本めぐみさんの存在が大きかったようです。2014年頃から、加山雄三さんがテレビ番組の撮影やコンサートなどで多忙で奥様のいるアメリカに会いに行く回数が減ってしまいました。そのため「卒婚」という報道になったようです。卒婚とは結婚という形を継続しながら、それぞれが自由に自分の人生を楽しむという夫婦の相互信頼の延長上にあるライフスタイルのことです。夫婦で取得している米国永住権のために、奥様松本めぐみさんは1年のうち半年以上はアメリカに滞在しておらねばならず、また次女もアメリカの家に住んでいるため、現在はほぼ別居状態のようだとのことです。毎日奥様には電話をしているとのことで二人の仲が良いのは間違いなさそうで、離婚危機かと騒がれたこともある加山雄三さんですが、家族の絆の強さから別居状態も続けていられるのでしょう。加山雄三さんは80歳を過ぎてから脳梗塞と小脳出血という大病を二度も患っています。幸いどちらも比較的軽傷だったとのことで、現在の病状は、後遺症が少し残っているものの、お元気で過ごされているようです。現在の生活の拠点は「自立型ケアハウス」です。そのケアハウスには生活支援サービスやトレーニングジムにあるようです。成城のご自宅は数年前に引き払い、かつて「卒婚」を宣言していた奥様も海外から日本に戻ってこられ、ご一緒に生活しているとのことです。2019年11月に軽い脳梗塞を発症し、予定されていたコンサートを延期して治療に専念されてこと時は後遺症もなく退院されました。その翌年2020年8月に夕食時に水をがぶ飲みし誤嚥してしまい、激しくせき込んだことが原因で軽度の小脳出血を起こして緊急搬送されました。この時約3カ月の入院治療を受けて無事に退院されたようです。しかし、奥様の松本めぐみさんがのちに当時のことを明かした内容によると、担当した医師からは脳からの出血が止まらずに広がるようならやがて意識もなくなるだろうと宣告され、その時に生命維持装置をつけるかどうか決めて欲しいと家族を集めて言われたそうです。この時はショックのあまりすぐに返事をすることができず、このまま一晩様子を見ながら考えて翌朝必ずお返事しますと答えたそうです。結果、幸いにも出血は余り広がることもなく、加山雄三さんは無事に回復しました。その時のことを加山雄三さんご本人も「倒れた時のことを思えば、五体満足に歩けるなんて奇跡的なこと」と言われています。以前は休日に船で過ごすのが楽しみだったそうですが、現在は船に乗りたいと思わないし、夢中だったゲームもしなくなったそうです。奥様としゃべったり、散歩したりするのに幸せを感じるそうです。しかし、2021年3月にフジテレビ系のワイドショー「とくダネ」に久しぶりに出演された時のインタビューの中で、「左半身の軽度の麻痺、軽度の言語障害がある」と明かされています。退院した時はマネージャーにもう一度言ってくださいと言われるほど話せない状態だったと言います。そこでひたすら発音の訓練をするなど努力し、半年後にはかなり普通に話せるようになったのだと言われています。番組では、加山雄三さんから「回復は70%」という言葉が飛び出し、自力でしっかり歩行されていたそうです。そして今でもリハビリで週3-4回、約1㎞のウォーキングをしたり、発音を完璧にするため、言語トレーニングを続けたりするなど努力されているようです。一番心配されていた歌については、声もちゃんと出るし発音にも違和感がないそうです。ただ話すときに活舌の悪さを感じてしまうのがネックだと加山雄三さんご本人が述べられています。日々の努力を惜しまずに後遺症も徐々に克服していった加山雄三さんですが、高齢を理由に2022年に年内でコンサート活動から引退すると発表されました。さて、加山雄三さんの息子さんについて不穏な噂が語られているのをご存じでしょうか。ネットの掲示板サイトで「山下徹大が薬物によって逮捕された」という噂がありました。事実であれば大変ですが、結論を言うと山下徹大さんが薬物を使用して逮捕されたという噂は根も葉もない噂であり、ただのデマでした。逮捕デマの出どころはハッキリしませんでしたが、公式のメディアなどの記事を調べても薬物や逮捕に関する話を報じているものは一切出てきませんでした。

長い間芸能界でご活躍の加山雄三さんですが、共演NGを突き付けたというのが、タレントの有吉弘行さんであると2018年10月発売の「女性自身」が報じています。加山雄三さんの大ファンで知られる有吉弘行さんですが、記事によると過去の前出ラジオで有吉弘行さんが加山雄三さんに扮しラジオにゲスト出演するという設定の中、「加山雄三が陸に上がってくるのは1年の中で今日だけ」などといった過激発言が続出したといいます。それだけにはとどまらず「刺し違えてもいいから、加山雄三を暗殺しようと思っています」と殺害予告ともとられかねない悪ふざけを放送してしまったことがありました。当然ながら、これらの有吉弘行さんの発言はネタであって、同誌も「イジリは、冗談」、「加山に敬意を表した、有吉なりの愛情表現」と報じていました。その一方で、過激なイジリに耐えかねた加山雄三さんサイドはそう思えなかったようです。同誌によれば、「加山愛」の強い有吉弘行さんが「(加山を)ぜひ冠番組にオファーしたい」という流れになったものの、加山雄三さんの所属事務所から「何を言っているんですか!絶対に出しませんよ!」と断られてしまったというのです。さらに同誌は真相を確かめるべく、共演NGについて有吉弘行さんの所属事務所に問い合わせたところ、「そのような事実は認識しておりません」と回答があったとしています。しかし、加山雄三さんの所属事務所担当者に問い合わせたところ「お断りさせていただいていたのは事実です」とあっさり有吉弘行さんとの「共演NG」を認めたというのです。加山雄三さんの所属事務所は、「有吉弘行さんのキャラは理解していますし、内容についてクレームを出したこともありません。取り上げていただくことで加山を若い層に知ってもらえることも理解しています。」と有吉弘行さんに好意的な意見ではありました。しかし「ラジオでの発言を踏まえるとやはり共演は断らざるを得ませんでした」と説明したと言います。やはり、有吉弘行さんの「殺害予告」が、「共演NG」の決め手になったようです。

加山雄三さんの現在の病状や後遺症について調べてみました。また復活の原動力はどこにあるのかも調べましたが、一時は生死境目を彷徨うほど、危険な状態でしたが、ご家族の思いも通じて無事に回復される途上のようですので、家族ののためにリハビリやトレーニングを頑張ってこられたのでしょうね。ステージを降りると宣言されたことは残念ですが、家族と一生歌い続けて元気でお過ごしいただきたいと思っております。

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