芸名を変えた芸能人

芸能人にとって名前って重要ですよね。本名で活動している人もいるし、デビュー時に姓名判断その他でつけることもあると思います。

そんな大切な芸名を変えていた芸能人をまとめました。改名して正解だったのでしょうか?

 

広瀬晶 → 広瀬アリス

1994年12月11日に生まれ、静岡県静岡市の出身です。2006年の小学校6年生の12歳のころ、地元・静岡でスカウトされました。

本名は「大石まゆこ」さん。「まゆこ」さんの漢字は、大石真由子とも大石麻由子とも流布されてはっきりしません。

デビュー時の名義は「広瀬晶(ひろせ・あき)」2009年ごろある日突然、事務所の社長から「あなたは今日から『アリス』ね」と命名されまして、現在の広瀬アリスに改名されたそうです。「カタカナに違和感がありました。『外国人でもハーフでもないし…』と尻込みしていたんです。だけど不思議なことに、改名してからお仕事のオファーが増えたんです。周囲に『アリスっぽいよ』って言われると、“顔と違和感が無いんだな”と思ってスゴく楽になりました」(2017年)

 

細川 愛実 → 橋本愛実 → 橋本マナミ

山形県山形市出身。、山形市立第五中学校、山形城北女子高等学校(2年生の2学期まで)、堀越高等学校卒業。

中学1年時(1997年)に第7回全日本国民的美少女コンテストで演技部門賞を受賞し芸能界に入り、デビュー当初は本名・細川愛実を名乗るが、同じくオスカープロ所属・細川直美と混同されやすいので母の旧姓・橋本を採って橋本愛実として芸能活動をすることになった。2012年、オスカープロモーションからアービングに移籍し、芸名・橋本愛実を橋本マナミに変更し現在に至る。「名前を片仮名にしたら運気が上がった」と話している

 

三浦 彩香 → 遠峯ありさ → 華原朋美

本名は下河原 朋美(しもがわら ともみ)
東京都江東区生まれ、千葉県浦安市育ち。本名は下河原朋美。兄2人と弟の4人兄弟に囲まれた一人娘として生まれる。千葉県の昭和学院小学校卒業後、私立松蔭中学校・高等学校を卒業。

高校1年(1990年)の時に全日本国民的美少女コンテストに応募。本戦の事前親子面接にて母親が「娘の芸能界入りには反対」と発言したために、本戦には出場できなかった。それから自宅に他の事務所からのスカウトの電話が入ってくるようになり、芸能界入りを強く意識するようになる。1993年から『さんまのナンでもダービー』でレギュラーアシスタントとしてテレビ初出演。雑誌『CanCam』、『ViVi』等でモデルを務める。同年秋にはMBSラジオ『茶屋町学園』のオーディションを受けるが惜しくも落選。しかし、このオーディションがきっかけで雑誌「MABU」の巻頭グラビアを飾る。当時の芸名は同事務所の三浦早苗に因んだ三浦 彩香(みうら あやか)。

1994年4月、遠峯 ありさ(とおみね ありさ)の芸名を使用開始し、持田かおり(現:持田香織)らが在籍していた黒BUTAオールスターズの第4期生に選抜されるも、すぐに脱退。

1995年6月、事務所を移籍し、小室のイニシャルと同じT. Kで、なおかつ本名に近い華原朋美に改名。

 

堂本直宏 → 堂本剛

1979年4月10日、奈良県奈良市生まれ。6歳上に姉がいる。「強い子に育つように」という想いが込められ、父親に「剛」と名づけられる。1983年西大寺幼稚園に入園、1986年奈良市立西大寺北小学校に入学。小学校時代は大阪にある児童劇団『劇団アカデミー』に所属し、1987年から堂本直宏(どうもとなおひろ)の芸名で子役として舞台・ドラマ・CMなどに出演していた。

小学6年生の時、6歳上の姉が本人の知らない間に履歴書をジャニーズ事務所に送ったことで光GENJIのコンサートに招待される。断る予定だったが1991年5月5日に「断るにしても自分の口で言いなさい」と母親に連れて行かれた横浜アリーナでコンサートを鑑賞し、堂本光一と出会う。そして事務所の2 – 3日預からせてほしいという申し出に即答した光一と共に、事務所入りを決める。

1992年、奈良市立平城中学校に入学。中学2年の10月、14歳の時に上京し、上京後は事務所の合宿所に住み、岡田准一と同じ部屋で生活していたこともある。当初から同じ苗字であった光一と2人揃って活動することが多く、「W堂本」「KANZAI BOYA(カンサイボーヤ)」などの呼び名を経て1993年4月4日、『KISSした?SMAP』にて初めて「Kinki Kids」のグループ名を発表された。

2002年5月29日、シングル『街/溺愛ロジック』で堂本剛名義でソロデビュー。

 

能年玲奈 → のん

1993年7月13日生まれ、のんさんは、本名および旧活動名は能年 玲奈(のうねん れな)。

2006年、第10回ニコラモデルオーディションでグランプリ、2010年まで専属モデルを務めた。当初から本名「能年 玲奈」で活動。2013年のNHK連続テレビ小説『あまちゃん』でヒロインを演じる。2014年の主演映画『ホットロード』で第38回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。

2015年に能年自身が代表取締役を務める個人事務所会社、三毛andカリントウを設立し、2016年7月より女優・創作あーちすと「のん」として活動されています。

個人事務所を設立したことで、旧所属の事務所本名にもかかわらず、「のん」に改名。事務所が育ててきた芸能人の名前には商標権というものが存在し、事務所はその権利を主張することができるため、本名であっても本人が使用できない場合があるそうなんです。とにかく芸能界は複雑ですし、このまま「能年玲奈」を名乗っていると芸能界でお仕事は出来なくなるため「のん」という名前に改名されたと言うことです。

 

SEXY KIYOSHI → 唐沢潔 → 唐沢寿明

インパクトのある名前は、かつて同じ劇団にいた友人が、ふざけて命名した”SEXY KIYOSHI”です。その後、本名の”唐沢潔”で活動していましたが、当時の所属事務所の社長が占い師に相談した事をきっかけに、”潔”が”寿明”に改名されたそうです。

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