2021年4月、日本中が深い悲しみに包まれた名優・田村正和さんの逝去から数年。このほど、長年田村さんを公私ともに支え続けてきた妻・和枝さんが、2024年10月に静かに息を引き取っていたことが報じられました。
田村正和さんといえば、「生活感を感じさせない」ことを徹底した、現代では稀有な「本物のスター」でした。その美学の裏側には、常に和枝さんの存在がありました。今回は、奥様の訃報に接し、改めて田村正和さんの華麗なる足跡と、家族への想い、そして貫き通した役者魂を振り返ります。
Contents
1. 妻・和枝さんと共に歩んだ「正和美学」の完成
田村さんと和枝さんが結婚したのは1970年。銀座の高級紳士服店の令嬢だった和枝さんは、スターの妻として決して表舞台に出ることはありませんでした。
田村さんは生前、「食事をしている姿を他人に見せない」「NGシーンを見せない」など、徹底した自己プロデュースを行っていました。これはファンが抱く「田村正和」というイメージを壊さないためのプロ意識。和枝さんはその意図を深く理解し、家庭内でも「所帯じみた空気」を排除することに協力していたといいます。
晩年、二人は自宅近くを仲睦まじく散歩する姿が目撃されていました。2021年に田村さんが先立たれた後も、和枝さんは彼が遺した個人事務所の代表として、また田村家のお墓を守る存在として、静かにその死後を支えていました。
2. 華麗なる「田村三兄弟」と父・阪東妻三郎の血
田村正和さんのルーツを語る上で欠かせないのが、父である時代劇の大スター・阪東妻三郎(通称:バンツマ)です。
田村家は、長男の田村高廣さん、三男の正和さん、四男の田村亮さんの3人が俳優として活躍し、「田村三兄弟」として知られていました。
- 長男・高廣さん: 実力派俳優として弟たちを温かく見守り、2006年に77歳でこの世を去りました。
- 弟・亮さん: 繊細な正和さんとは対照的に、明るく社交的な性格で知られ、現在も俳優として活躍。兄・正和さんの「変わり者だけど憎めない」エピソード(正月の挨拶にタキシードを着て現れた話など)を語り継いでいます。
正和さんは当初、偉大な父と比較されることに苦しみ、「声が通らない」と批判された時期もありました。しかし、それを逆手に取った「囁くような演技」が、後の『眠狂四郎』での色気や、『古畑任三郎』での独特のキャラクターへと繋がっていくのです。
3. 代表作に刻まれた「静」と「動」
田村正和さんのキャリアを象徴する作品は、世代を超えて愛され続けています。
- 『眠狂四郎』: 虚無感を漂わせるニヒルな剣士。円月殺法を繰り出す姿は、時代劇における美の極致でした。
- 『パパはニュースキャスター』: それまでのクールな二枚目役から一転、コミカルな演技を披露。意外な親しみやすさで視聴者を驚かせました。
- 『古畑任三郎』: 言わずと知れたミステリーの金字塔。拳銃を持たず、椅子にも座らず、ただ知性と対話だけで犯人を追い詰めるスタイルは、田村さんの知的なイメージと見事に合致しました。
4. 隠された家族愛:娘への想いと「南国酒家」
「子供は嫌いだ」と冗談めかして語っていたこともある田村さんですが、実際には一人娘である早紀子さんを溺愛していました。
娘さんが原宿の老舗中華料理店「南国酒家」のオーナー一族に嫁いでからは、お忍びで同店を訪れるのが何よりの楽しみだったそうです。周囲に気づかれないよう静かに、しかし嬉しそうにラーメンを啜る姿は、スターの鎧を脱いだ一人の「父親」としての素顔でした。
現在、田村さんの個人事務所の代表は娘さんが継いでいます。田村さんの「美学」を誰よりも近くで見てきた娘さんだからこそ、父が遺した作品やイメージを大切に守り続けているのです。
結びに:永遠に色褪せない「スターの輝き」
最愛の妻・和枝さんが亡くなられたことで、昭和を象徴する一つの大きな物語が幕を閉じたような寂しさがあります。しかし、田村正和さんが貫いた「美学」と、それを支えた家族の深い絆は、彼が遺した数々の名作の中に生き続けています。
天国で再会した二人が、今度は誰の目も気にせず、ゆっくりと穏やかな時間を過ごされていることを願ってやみません。