【元女優の名物社長】メロディと共に届ける「ふるさと」の味。新竹商店6代目・新竹浩子氏が守り抜く駅弁の魂

三重県・松阪駅。 特急列車が到着し、ドアが開くと漂ってくる香ばしい牛肉の香り。そして、どこか懐かしい「うさぎ追いし かの山…」のメロディ。

鉄道ファンや駅弁愛好家の間で知らぬ者はいない名物駅弁**「モー太郎弁当」。その生みの親であり、老舗駅弁店「新竹商店」の看板娘にして6代目社長、それが新竹浩子(あらたけ ひろこ)**さんです。

かつては東京でスポットライトを浴びる女優として活動していた彼女。なぜ彼女は煌びやかな世界から、故郷の駅弁屋へと戻ったのか。そして、BSE(牛海綿状脳症)問題という最大の危機をどう乗り越え、日本一の駅弁を作り上げたのか。

その波乱万丈な半生と、経営者としての熱い想いに迫ります。


第1章:スポットライトへの憧れ ― 女優・新竹浩子の誕生

少女時代の夢と上京

明治28年創業の老舗駅弁店「新竹商店」の長女として生まれた新竹浩子さん。幼い頃から家業は身近にありましたが、彼女の心をつかんで離さなかったのは「表現の世界」でした。

映画やドラマ、舞台への憧れを抱き続けた彼女は、明治大学文学部への進学を機に上京。そこで運命的な出会いを果たします。演出家・松浦竹夫氏が主宰する劇団「テアトロ〈海〉」の門を叩いたのです。

厳しい稽古と大河ドラマ出演

大学に通いながら俳優養成所での日々。そこは単なる憧れだけでは生き残れない、プロフェッショナルとしての厳しさを問われる場所でした。発声、身体表現、感情の解放。彼女はひたむきに演劇と向き合います。

その努力は実を結び、NHK大河ドラマ『春の波涛(はとう)』(1985年放送)への出演という大きなチャンスを掴みます。 主演はあの大女優・松坂慶子さん。演じるのは日本初の女優・川上貞奴。新竹さんは、その貞奴が教える「女優学校の生徒役」として出演しました。

さらに、舞台『アフリカの爆弾』では、なんと「女ターザン」というユニークかつ体当たりの役柄を演じきりました。観客の視線を集め、拍手を浴びる快感。「私はこの道で生きていく」。そう確信していた時期でした。

しかし、人生の転機は突然訪れます。


第2章:決断の帰郷 ― 父の背中と家業の重み

夢か、家族か

女優としてのキャリアを積み始めていた矢先、実家の父・5代目社長の体調や、変わりゆく駅弁業界の現状を知ることになります。

「自分がやりたいこと」と「家族が守ってきた伝統」。 天秤にかけた末、彼女が出した答えは**「帰郷」**でした。華やかな東京での生活、そして女優という夢に区切りをつけ、彼女は松阪へと戻ります。

看板娘としての「演技」

帰郷後、彼女を待っていたのは厳しい現実でした。 当時の駅弁業界は、コンビニエンスストアの台頭や移動手段の変化により、かつてのような飛ぶように売れる時代は過ぎ去ろうとしていました。

しかし、ここで元女優の経験が生きます。 「駅弁販売も一つのステージだ」。 彼女は駅のホームや売店を舞台に見立て、最高の笑顔と声で客を出迎えることにしました。ただ弁当を売るのではなく、「松阪に来てくれてありがとう」という感謝を表現する。その明るい接客は、次第に評判となっていきます。


第3章:逆風の中で生まれた奇跡 ― 「モー太郎弁当」誕生秘話

2002年、新竹商店、そして日本の駅弁史に残る伝説の商品が誕生します。それが**「モー太郎弁当」**です。しかし、その誕生の裏には、想像を絶する逆境がありました。

日本中を覆った「BSE」の衝撃

開発が進んでいた当時、日本中を震撼させていたのがBSE(牛海綿状脳症)問題です。「牛肉は危険だ」という風評被害が広がり、焼肉店や牛丼店が次々と閉店に追い込まれる中、新竹商店の主力も当然「松阪牛」。

「今、牛肉の弁当なんて出しても売れるわけがない」 周囲からは猛反対の声があがりました。しかし、新竹浩子社長(当時は専務)は諦めませんでした。

「本物の松阪牛の美味しさは、絶対に裏切らない」 「暗い話題ばかりの今だからこそ、お客様を笑顔にする弁当が必要なんだ」

この逆転の発想が、前代未聞の駅弁を生み出す原動力となります。

五感で楽しむ「メロディ付き駅弁」

彼女が目指したのは、単に美味しいだけではない、「五感」すべてに響く駅弁でした。

  1. 視覚: まず目に飛び込むのは、黒毛和牛の顔を模したリアルな容器。一度見たら忘れられないインパクトです。これは「食べた後も思い出として残してほしい」という願いから、貯金箱や小物入れとして使えるように設計されました。
  2. 聴覚: これが最大の特徴です。蓋を開けると、光センサーが反応してメロディが流れます。 選ばれた曲は、童謡**「ふるさと(兎追いし)」**。 「旅先でこの弁当を開けたとき、それぞれの故郷を思い出してホッとしてほしい」。そんな新竹さんの優しさが込められています。日本初の「音が鳴る駅弁」の誕生です。
  3. 味覚・嗅覚: 中身は妥協なしの最高級。特選の松阪牛を、秘伝のタレですき焼き風に味付けし、ご飯の上に敷き詰める。蓋を開けた瞬間の甘辛い香りと、口いっぱいに広がる和牛の旨味。

「五感に訴えるエンターテインメント駅弁」。このコンセプトは、まさに女優として「観客をどう楽しませるか」を考え続けてきた彼女だからこそ到達できた境地でした。

結果、モー太郎弁当は爆発的なヒットを記録。BSEの逆風を吹き飛ばし、新竹商店を救う救世主となったのです。


第4章:6代目社長としての哲学 ― 「あらたけスピリット」

現在、6代目社長として指揮を執る新竹浩子さん。その経営哲学には、一本の太い芯が通っています。

「心」を売る商売

新竹さんが常々口にするのは、「私たちは駅弁を売っているけれど、本当にお届けしたいのは『思い出』や『元気』です」という言葉です。

彼女の1日は、早朝から始まります。製造現場のチェックはもちろん、時間が許す限り自ら店頭に立ちます。 「いってらっしゃいませ!」「ようこそ松阪へ!」 その通る声と満面の笑みは、松阪駅の名物風景です。修学旅行生には手を振り、常連客とは世間話に花を咲かせる。元女優の彼女にとって、お客様の笑顔こそが最高の「観客の反応」なのです。

伝統と革新のバランス

130年近い歴史を持つ老舗でありながら、新竹商店は常に新しいことに挑戦し続けています。 「モー太郎弁当」の後にも、松阪牛を贅沢に使った高級路線の弁当や、地元の食材に特化した新作を次々と発表。 一方で、創業当時からの「冷めても美味しいご飯」「化学調味料に頼らない味付け」という基本は頑なに守り抜いています。

「変わらないために、変わり続ける」。 その姿勢こそが、移り変わりの激しい現代において老舗が愛され続ける理由でしょう。


第5章:地域と共に生きる ― 未来へのレール

松阪の広告塔として

新竹さんの活動は、自社の経営だけにとどまりません。 テレビ、ラジオ、雑誌など多くのメディアに出演し、松阪牛の魅力、そして三重県松阪市の魅力を全国に発信し続けています。彼女の明るいキャラクターに惹かれ、「新竹社長に会いたいから松阪に行く」というファンも少なくありません。

また、地元の学校での講演活動や、地域活性化イベントにも積極的に参加。「地方で働くことの楽しさ」「家業を継ぐことの意義」を次世代に伝えています。

終わらない「女優」人生

かつて、劇団の舞台でスポットライトを浴びていた新竹浩子さん。 今、彼女が立つ舞台は「松阪駅」であり、「新竹商店」という会社です。 演出家は彼女自身。脚本は毎日のお客様とのドラマ。そして主役はもちろん、彼女と、彼女が愛するスタッフたち。

「毎日が本番。毎日が初演」 そんな気概で駅弁作りに励む彼女の姿は、現役の女優そのものです。


おわりに:松阪駅で会いましょう

もしあなたが旅に出て、松阪駅に降り立つことがあれば、ぜひ駅弁の売店を覗いてみてください。

そこには、牛の形をしたお弁当が並び、運が良ければ「あらたけ!」と元気な声で迎えてくれる女性社長がいるかもしれません。

蓋を開ければ流れる「ふるさと」のメロディ。 それは、新竹浩子さんが波乱の人生の中で見つけた、温かくて優しい、真心への入り口なのです。

さあ、次の旅は松阪へ。 五感で味わう感動が、あなたを待っています。


📌 関連情報・アクセス

  • 店舗名: 駅弁のあらたけ(新竹商店)
  • 所在地: 三重県松阪市日野町729-1(JR・近鉄 松阪駅前)
  • 代表商品: モー太郎弁当、元祖特撰牛肉弁当
  • 公式サイト: https://www.ekiben-aratake.com/

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