クチンのゴルフ小史

 マレーシア サラワク州は、英国人の白人ジェームスブルックが19世紀に統治していました。その影響だと思われますが、クチンで最初のゴルフクラブThe Sarawak Clubは、ASEANの中でもインドネシア首都のジャカルタにあるJakarta Golf Clubやマレーシア首都クアラルンプールにあるRoyal Selangor Golf Clubと同時期に作られています。
 そんなクチンのゴルフの歴史について調べてみました。

初期のゴルフ(1890年代)

 クチンでゴルフが流行し始めたのは1890年代初頭でした。当初は、政府の放牧地でボールを打つ人々が見られる程度でした。1899年、政府の費用で最初のコースが整備されました。

サラワク・クラブ(The Sarawak Club)と初期のゴルフコース

 1876年に設立された「サラワク・クラブ」は、マレーシアで2番目に古いゴルフ・クラブとして知られています。
 当初のコースはアスタナ宮殿の近くの放牧地にあり、9ホールでした。
 1920年代には、現在の市民センターに近い場所に移転し、ゴルフコースを設立しました。
 このクラブのゴルフコースは、1986年にリース期限が切れるまで100年以上にわたりアマチュアのゴルフトーナメントを開催していました。
 今ではゴルフ場はありませんが、サラワク・クラブは、5つのレストラン・バーとテニスコート、バスケットボールコート、スカッシュコート、スイミングプール、フットサル場、ジムなどの施設を備えた会員制のクラブとして運営されています。

サラワク・ゴルフ・クラブ(Kelab Golf Sarawak=KGS)

 サラワク・クラブのゴルフ場が閉鎖される事になり、閉鎖前の1983年に旧18ホール(Matang/Santubong)で開場したのが、サラワク・ゴルフ・クラブ(Kelab Golf Sarawak=KGS)です。1990年にこの18ホールはコース改良が行われています。
 1995年に新18ホール(Siol/Demak)が開場して36ホール体制となりました。
 2002年5月にクローズして全面改修されました。設計・改修監修はNigel B. Douglas。フェアウェイにパスパラム(耐湿性が高く排水改善と相性良)、グリーンにバミューダ・ティフドワーフを採用し、排水性とプレーアビリティ向上を図りました。

ダマイ・ゴルフ&カントリークラブ(Damai G&CC)

ダマイ・ゴルフ&カントリークラブ(Damai G&CC)

 1996年にアーノルド・パーマー(Arnold Palmer Design Company)の設計で開場されたのが、ダマイ・ゴルフ&カントリークラブ(Damai G&CC)です。
 海沿いの“Ocean 9”と山裾の“Mountain 9”で構成されます。

 日本のゴルフは1901年に神戸六甲山にイギリス人貿易商のアーサー・ヘスケス・グルームが、4ホールのコースを作ったのが始まりとされています。大英帝国時代の東アジアにゴルフが持ち込まれたのは、日本よりクチンのほうが少し早いことは、非常に興味深いです。 

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