あなたが現在見ているのは 悪役から「相棒」の名脇役へ――俳優・片桐竜次、泥にまみれ、友と語り、今も走り続ける男の美学

悪役から「相棒」の名脇役へ――俳優・片桐竜次、泥にまみれ、友と語り、今も走り続ける男の美学

はじめに:スクリーンに刻まれた、ある「凄み」

日本のドラマ界、映画界において、その顔を見ない日はありません。人気ドラマ『相棒』シリーズの内村完爾刑事部長といえば、誰もがその厳格で、時にユーモラスな表情を思い浮かべるでしょう。その俳優の名は、片桐竜次。

御年78歳(2025年現在)。今でこそ「重厚なベテラン」の代名詞となっている彼ですが、そのキャリアの出発点は、現在の端正なスーツ姿からは想像もつかないほど、泥臭く、血生臭く、そして情熱に満ちたものでした。今回は、一人の男が歩んできた波瀾万丈の役者人生と、その根底にある「原動力」に迫ります。

安定を捨てた、22歳の決断

片桐竜次さんの物語は、山口県下関市から始まります。若かりし日の彼は、決して最初からスターを目指していたわけではありませんでした。上京後、彼が手にしていたのは「東京ガス勤務」という、誰もが羨む安定したサラリーマンの椅子でした。

しかし、彼の胸の奥には、映画という魔物が棲みついていました。フランス映画のアンニュイな空気、スクリーンから放たれる圧倒的な熱量。一度きりの人生を、このまま平穏に終えていいのか――。22歳の時、彼はその安定をかなぐり捨て、東映ニューフェイスの門を叩きます。1970年、東映入社。それは、後に日本映画史に名を刻む「怪優」の誕生の瞬間でした。

「ピラニア軍団」という戦場

俳優になったからといって、すぐに光が当たるほど甘い世界ではありません。当時の東映京都撮影所は、才能と野心が渦巻く戦場でした。そこで片桐さんが出会ったのが、後に伝説となる「ピラニア軍団」の面々でした。

川谷拓三、志賀勝、岩尾正隆……。主役を張るスターの影で、いかに無残に、いかに印象的に「殺されるか」に命を懸けた男たち。片桐さんもまた、その一員として、ヤクザ映画や時代劇で凶悪犯や斬られ役を演じ続けました。

泥水に顔を突っ込み、血糊にまみれ、階段を転げ落ちる。台詞が一行もない日も、彼は「自分という存在をスクリーンに刻みつける」ことだけを考えていました。この「ピラニア」と呼ばれた修業時代に培われた根性こそが、現在の彼の演技に漂う、あの独特の「凄み」と「深み」の源泉なのです。

盟友・松田優作との「熱い夜」

片桐竜次を語る上で欠かせないのが、同郷・下関の先輩であり、唯一無二の親友であった松田優作さんの存在です。

二人の関係は、華やかな芸能界の付き合いとは無縁のものでした。主戦場が中央線沿いの小さな居酒屋。カウンターに並び、安酒を煽りながら、語り合うのはいつも「映画」のことばかりでした。

「竜次さん、ここは治安がいいよ。上にジャイアント馬場さんが住んでるから」

そんな松田さんの冗談に笑い転げた夜もあれば、演技論が白熱し、夜が明けるまで激論を交わしたこともありました。松田優作という巨星が、その完璧主義ゆえに周囲を寄せ付けなかった時代でも、片桐さんは「竜次さん」と呼ばれ、最もリラックスできる数少ない理解者でした。

松田さんの監督映画『ア・ホーマンス』で見せた息の合った共演は、言葉を超えた信頼関係の賜物でした。40歳という若さで旅立った盟友の遺志を、片桐さんは今も自分の背中に背負い続けているのかもしれません。

『相棒』での開花、そして現在へ

90年代以降、片桐さんはそれまでの悪役イメージを覆すように、刑事役や上司役でその才能を再評価されます。特に『相棒』の内村刑事部長役は、彼の代表作となりました。

一見、特命係を邪魔する「嫌な上司」でありながら、どこか憎めない、そして時には警察官としての矜持を見せる。あの絶妙なバランスは、数えきれないほどの「人間の汚さと美しさ」を演じてきた片桐さんだからこそ表現できる領域です。

70代を超えてもなお、衰えない原動力

なぜ、片桐竜次は走り続けられるのか。その原動力は、若き日に憧れた「映画への純粋な片想い」にあるように見えます。

2016年には俳優生活45周年を記念して『キリマンジャロは遠く』で映画初主演を飾り、2018年には自らメガホンを執って監督デビューも果たしました。安定した地位に甘んじることなく、常に新しい表現の場を求める姿は、まるで獲物を探すピラニアの鋭さを失っていません。

「死ぬまで、役者でいたい」

その言葉通り、彼は今も現場を愛し、酒を愛し、そして共に時代を駆け抜けた仲間たちの思い出を胸に、カメラの前に立ち続けています。

おわりに:私たちが片桐竜次に惹かれる理由

片桐竜次さんの歩みは、決して平坦なエリートコースではありませんでした。しかし、泥にまみれ、挫折を味わい、大切な友との別れを乗り越えてきたその姿は、私たちの人生にも通じる「強さ」と「優しさ」を教えてくれます。

スクリーンやテレビ画面の中に彼を見つけた時、私たちはその深い皺一つ一つに刻まれた、一人の男の物語を感じずにはいられません。これからも、彼がどんな新しい顔を見せてくれるのか。日本の至宝とも言える名優の次なる一歩から、目が離せません。

コメントを残す

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)