2025年12月27日、日本の芸能界は一つの大切な光を失いました。俳優であり、タルトであり、そして何より「稀代の愛されキャラ」であった剛州(ごうしゅう)さんが、69歳でこの世を去りました。
テレビドラマや映画で、名前はパッと出てこなくても「あ、この人見たことある!」と顔をほころばせた視聴者は多いはずです。剛州さんは、決して物語の中央に立つ主役ではありませんでした。しかし、彼が画面の隅にいるだけで、その場の空気はどこか温かくなり、物語に不思議なリアリティと可笑しみ(おかしみ)が宿りました。
今回は、そんな剛州さんの「愛される理由」と、彼が残した名脇役としての足跡を振り返ります。
Contents
1. 師匠・坂上二郎から受け継いだ「笑い」と「誠実さ」
剛州さんのキャリアの原点は、昭和の喜劇王・坂上二郎さんへの弟子入りにあります。大学卒業後、内弟子として3年間、師匠の身の回りの世話をしながら芸を学びました。
坂上二郎さんといえば、コント55号で萩本欽一さんと共に一世を風靡した伝説のコメディアン。剛州さんは、師匠から「人を笑わせる技術」だけでなく、「周囲に愛される人間性」を学び取りました。
独立後、彼はコメディアンとして歩み出しますが、その不器用でどこか憎めないキャラクターは、関根勤さんや小堺一機さんといった、笑いに厳しい先輩たちの心をも掴んで離しませんでした。
2. なぜ剛州さんは「名脇役」として必要とされたのか?
剛州さんの最大の魅力は、その「隙(すき)」にあります。
彼は本番でセリフを噛んでしまうことが多々ありました。普通、俳優にとってそれは失態ですが、剛州さんの場合はそれが現場を和ませる「愛嬌」に変わります。関根勤さんからは、本番よりも楽屋でのトークが抜群に面白いことから**「楽屋芸人」**という最高の称号(?)を与えられていました。
しかし、ただ面白いだけではありません。彼の演技には、名脇役として欠かせない「庶民の哀愁」がありました。
- どこにでもいそうな親戚のおじさん
- 少し頼りないけれど優しい隣人
- 権力には弱いが人情に厚い村人
こうした「普通の人」を、これほどまでに説得力を持って演じられる役者は多くありません。物語に安心感と深みを与えるスパイスとして、監督や演出家にとって剛州さんは、代わりのきかない唯一無二の存在だったのです。
3. 剛州さんの人生を彩った「主な出演作」と珠玉のエピソード
彼の長いキャリアの中から、特に彼のキャラクターが光った作品を振り返ります。
① 映画『ア・ホーマンス』(1986年)
【エピソード:松田優作との伝説的な縁】 剛州さんの俳優人生を決定づけたのは、名優・松田優作さんとの出会いです。ある飲み屋で優作さんと一緒になった際、剛州さんは緊張のあまり、優作さんが席を立つまで決して動こうとしませんでした。
それを見た優作さんは「ガッツのある若者だ」と感銘を受け、自ら監督・主演を務めるこの映画に剛州さんを起用しました。実際には「怖すぎて腰が抜けて立てなかっただけ」というオチがつきますが、このエピソードこそが、剛州さんの「不器用さが運を呼び込む」愛されキャラを象徴しています。
② 大河ドラマ『新選組!』(2004年)
【エピソード:三谷幸喜作品で見せた実力】 三谷幸喜さん脚本のこの作品で、剛州さんは平間重助役を好演しました。新選組の局長・芹沢鴨(佐藤浩市)に仕える従者の役でしたが、荒くれ者の芹沢の傍らで、静かに、しかし確かな存在感を放つ剛州さんの姿は、多くの視聴者の印象に残りました。 コメディのイメージが強い彼が、時代劇という厳かな舞台でも「その場に生きている人間」を完璧に表現できることを証明した出世作です。
③ 舞台『カンコンキンシアター』(1989年〜)
【エピソード:ホームグラウンドで見せる「狂気」と「笑い」】 関根勤さん主宰のナンセンス・コメディ演劇。ここでは、テレビでは見せない「壊れた剛州」を見ることができました。 支離滅裂なダジャレ、わざとらしい演技、そして後輩たちにいじり倒される姿。観客は「剛州さん、またやってるよ」と笑いながらも、彼のサービス精神の虜になりました。この舞台があったからこそ、彼は一生「芸人」としての牙を研ぎ続けることができたのです。
④ 映画『ゴジラ-1.0』(2023年)
【エピソード:短い出番で歴史に名を刻む】 世界的なヒットとなったこの作品にも、剛州さんは出演しています。冒頭、大戸島の島民役として登場しますが、彼の怯える表情や言葉は、ゴジラという恐怖が現実であることを観客に強く印象付けました。 大作映画において、こうした「名もなき登場人物」に魂を吹き込めるのは、彼のような熟練の脇役ならではの技術です。
4. 結びに:主役でなくても、人生の「主役」として
剛州さんは、スポットライトのど真ん中に立ち続けるスターではありませんでした。しかし、彼がいなければ成立しなかったシーンが、笑えなかった現場が、救われなかった役柄が、数え切れないほど存在します。
彼は、主役を引き立てることで自分を輝かせ、誰からも愛されることで芸能界という厳しい荒波を45年以上も泳ぎ切りました。
「剛州さんが出てくると、なんだかホッとする」
そう思わせてくれる役者がいなくなった寂しさは計り知れません。しかし、彼が遺した作品の数々は、これからも私たちに「不器用でも、一生懸命に生きることの美しさ」を教えてくれるでしょう。
剛州さん、たくさんの笑いと温かい時間をありがとうございました。心よりご冥福をお祈りいたします。