認知症を患って介護施設に入っていることが報道された五月みどりさんですが、その名前を聞いて、何を思い浮かべるだろうか。艶やかな着物姿で歌い上げる演歌歌手。あるいは、一世を風靡したバラエティ番組の顔。さらに、年齢を重ねるごとに美しさを増す熟女ポルノ女優としての姿を思い浮かべる人もいるだろう。彼女のキャリアは、一つのイメージに留まることなく、常に変化し、進化を遂げてきた。その多才な才能は、昭和、平成、令和と三つの時代を駆け抜け、多くの人々に愛され続けている。本稿では、歌手、女優、そしてタレントとして、常に第一線で活躍してきた五月みどりさんの、華麗なる軌跡をたどる。
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華々しいデビュー、そして国民的歌手へ

五月みどりは、1939年10月21日、東京都に生まれた。本名は森田 富子(もりた とみこ)。幼い頃から歌が好きで、その才能は早くから開花していたようだ。1958年、19歳の時に上京し、コロムビア専属歌手の座を射止める。そして、1960年、「おひまなら来てね」で待望の歌手デビューを果たす。この曲は、明るく軽快なメロディと、親しみやすい歌詞が受け、瞬く間に大ヒット。五月みどりの名前は、一躍、お茶の間に知れ渡ることとなった。
その後も、「一週間に十日来い」「ネオン川」など、立て続けにヒット曲を生み出し、人気歌手としての地位を不動のものにしていく。特に「一週間に十日来い」は、彼女の代表曲として今もなお愛され続けている。彼女の歌声は、明るく朗らかでありながらも、どこか切なさを感じさせる独特の魅力があった。また、舞台では鮮やかな着物をまとい、優雅な所作で観客を魅了。その美しさと歌唱力から、瞬く間に「清純派歌謡曲歌手」としてのイメージを確立した。
歌手から女優、そしてタレントへ 転身の背景
歌手として絶頂期を迎えていた五月みどりだが、その活動は歌だけに留まらなかった。1960年代後半から、テレビや映画への出演が増え始める。当時、人気歌手が映画に出演することは珍しいことではなかったが、彼女の場合は、単なる「歌姫」としての役柄だけでなく、本格的な女優としての才能も開花させていく。
特に転機となったのは、1970年代に入ってからのことだろう。時代は歌謡曲からニューミュージックへと移り変わり、彼女もまた、自身の新たな可能性を模索する時期を迎える。この頃から、彼女はテレビドラマや時代劇に積極的に出演。艶のある美しさと、確かな演技力で、女優としてのキャリアを築いていく。特に、時代劇では、粋で色気のある役柄を演じることが多く、それまでの清純派イメージとは異なる、新たな魅力を開花させた。
さらに、五月みどりの才能は、バラエティ番組でも遺憾なく発揮される。1980年代になると、多くのバラエティ番組に引っ張りだことなり、お茶目な一面や、飾らないキャラクターで人気を博した。歌手としての確固たる地位を持ちながら、女優として、そしてタレントとして、常に新しい自分を表現していく。この柔軟な姿勢こそが、彼女が長きにわたり芸能界の第一線で活躍し続けられた理由の一つと言えるだろう。
挑戦を恐れず、新たな境地へ

五月みどりのキャリアを語る上で、もう一つ特筆すべきは、年齢を重ねてからの新たな挑戦だろう。彼女は、年齢を理由に活動を制限することなく、むしろ積極的に新たな分野へと踏み出していった。
1990年代には、年を重ねた大人の女性としての魅力を前面に出した活動が目立つようになる。この時期、写真集や、年齢を重ねたからこそ表現できる色気や美しさをテーマにした作品を発表し、大きな話題を呼んだ。これは、単なるイメージチェンジではなく、「熟成された美しさ」を追求する、彼女自身のアーティストとしての探求心から生まれたものと言える。
また、自身の趣味である絵画の才能も開花させ、個展を開くなど、芸術家としての顔も持つようになった。その作品は、色彩豊かで温かみがあり、多くの人々を魅了した。多岐にわたる才能を発揮しながらも、彼女の根幹にあるのは、やはり「歌」である。デビューから半世紀以上が経った今も、コンサートやディナーショーを精力的に開催。その歌声は衰えることなく、多くのファンを魅了し続けている。

プライベートでの結婚と、子供たちの成長
公私ともに充実した人生を送る五月みどり。プライベートでは、これまで何度か結婚を経験している。最初の結婚は、1966年に歌手の鶴岡雅義と。その間に長男でタレントの鶴岡 慎也(現:美咲 良)を授かる。その後、離婚を経て、俳優の五木 寛と再婚し、長女の雅音(まさね)を授かるが、こちらも後に離婚。2008年には、一般男性と再々婚を果たしている。
子供たちもまた、それぞれ芸能の世界で活躍している。長男の美咲 良は、タレントとして、また実業家としても活動。長女の雅音も、母と同じく芸能の世界で活躍している。五月みどりのDNAは、子供たちにも受け継がれ、それぞれが自分の道を歩んでいる。子供たちとの関係は良好で、テレビ番組などで共演する姿も見られ、そのたびに温かい家族の絆を感じさせてくれる。
現在の活動と、変わらぬ輝き
五月みどりは、現在も精力的に活動を続けている。テレビや雑誌に出演するほか、長年のキャリアで培った着物姿の美しさを活かし、ファッションショーに出演することもある。また、自身のブランドを展開するなど、実業家としての顔も持つ。
さらに、彼女の活動は、単なる芸能活動に留まらない。社会貢献活動にも熱心で、東日本大震災の復興支援や、チャリティーコンサートにも積極的に参加。その温かい人柄は、多くの人々に勇気と希望を与えている。
五月みどりの人生は、まさに「挑戦」の連続だったと言えるだろう。一つのイメージに縛られることなく、常に新しい自分を表現し、時代とともに変化を遂げてきた。その過程で、彼女は歌手として、女優として、そして一人の人間として、深く豊かな人生を歩んできた。その輝きは、今もなお、私たちを魅了し続けている。病の情報が流れたが、彼女には、どのような新しい顔を見せてくれるのか、期待は尽きないので、元気な姿を見せてもらいたい。